『SDGsと社会教育・生涯学習』

日本社会教育学会編『SDGsと社会教育・生涯学習(日本の社会教育第67集)』(東洋館出版社、2023年10月、3190円)

 本書は、2019 年に日本社会教育学会で採択された プロジェクト研究「SDGsと社会教育・生涯学習」以降、3年間にわたる研究成果を踏まえて編集されたものである。日本社会教育学会では、2005-14年の「国連ESDの10年」を受けて、社会教育におけるESD(持続可能な開発のための教育)研究を進め、2015 年に学会年報『社会教育としてのESD-持続可能な地域をつくる』 を刊行した。その後、同年9月の国連総会において2030年をめざしてSDGs(持続可能な開発目標)が策定された。

 SDGsは「国連ESDの10年」の時期よりも一層、社会・経済・環境の持続可能性が重視されていて、ジェンダー平等、格差・貧困の解決、生産・消費、地球温暖化など解決すべき問題領域は幅広い。すでにESDの10年の頃より、開発教育・環境教育・社会教育分野との接続が意識されていたが、SDGsの概念が提起されることによって、まちづくり、福祉、産業などの研究分野においても社会教育・生涯学習の重要性が意識されるようになっている。こうした状況に鑑み、ESD研究を発展させ、社会教育・生涯学習の分野でのSDGs研究の重要性を認識してプロジェクト研究の採択に至った。以後、コロナ禍でSDGs実践や研究に困難を伴うなかでも3か年にわたる研究成果をもとに本年報の刊行に至ったものである。

 本年報は以下の5部構成で展開されている。第1部は「SDGsと社会教育・生涯学習をめぐる理論的課題」である。ここでは、本テーマの理論に関する課題を扱う。総論、アクティブ・シティズンシップ、SDGsと民主主義、脱成長論と環境教育、についての論文が収録されている。第2部は「SDGsをめぐる学習論・組織論」である。SDGs学習は、人間社会の持続可能性と地球環境の持続可能性を扱う広範な学習活動である。そのため、学習論は必然的に学習組織論を伴うことになる。SDGsの当事者性学習論、SDGsを推進する体制づくりとしてのプラットフォーム論、ホリスティック教育の観点からみたSDGs学習論、対話とエンパワーメントをキーワードとしたSDGs学習論、という内容が論じられる。

 第3部は「ESDの発展としてのSDGs学習実践」である。現在行われている優れたSDGs学習は「ESDの10年」のときの学習や実践活動に起源をもつものが多い。神戸・兵庫県、岡山市、奄美群島、豊中市における実践が紹介されている。各実践の中からそれぞれ、SDGs学習をとおした若者の変容、行政・市民をつなぐ社会教育施設の連携のあり方、地域の生態系と文化に根ざしたESD、SDGs推進にあたってのネットワークづくり、といった課題が扱われている。とりわけESDとSDGsとの接続に当たっての諸課題が提起されている。第4部は「SDGsから見る社会教育実践の可能性」である。地域づくり、福祉、環境などの学習を行ってきた既存の社会教育・生涯学習実践において、SDGsの登場によりそれらの学習が深化したり相互につながっていく事例が見られる。SDGsの担い手を養成する講座、SDG4に関するキャンペーン活動、市民による「地域版SDGs」作成の試み、が論じられる。第5部は「アジア諸国のSDGs学習と実践」である。ネパールにおけるラジオを通じた社会参加と地域づくり、韓国におけるオルタナティブスクール、タイにおけるノンフォーマル教育を通した持続可能な社会づくり、についての3論文が収録される。それぞれの実践においてはSDGsの用語は用いていないが、SDGs学習に相当する持続可能な社会づくりに向けた学習活動が展開されている。

 本書が刊行された2023年はSDGsの中間年に当たる。SDGsを提起した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には50項で「我々は、貧困を終わらせることに成功する最初の世代になりうる。同時に、地球を救う機会を持つ最後の世代になるかもしれない」と記されている。コロナ禍と戦争により2030年までの貧困撲滅は極めて困難になった。また、地球温暖化は想定以上に急速に進んでいるように感じられる。52項では、SDGsの達成には国際機関、政府、自治体、市民社会、ビジネスセクターなどすべてのステークホルダーの参加が必要であり、人々がアジェンダを「自分事」として捉えることこそが成功の鍵であるとしている。そのためには人々の協働的な学習活動が求められていて、社会教育・生涯学習が果たすべき役割は大きい。本年報がSDGs後半の実践や研究に向けて貢献することを期待するものである。

田中治彦(上智大学名誉教授)